タイ クンユアム タイ日友好記念館
2020.2.15
今日も朝から朝市にいってお目当ての黄色い豆腐みたいなものを食べようとしたのですがまだスープができていないといわれました。
仕方なく惣菜を打っているところに行き持って帰ろうとしたところ、ここでも食べることができるといわれ、ここで食べることにしました。おかずは1皿30B(105円)を2種類、ごはんが10B(35円)計70B(245円)でした。
ほんとはご飯はいらないといったのですがおやっさんが持ってきたので成り行きで食べることにしました。もちもちしていておいしかったのですが朝食にしては多すぎてしまいました><
おかずのほうはやさしい味の野菜スープとおでんみたいな卵でどちらも美味でした。
いったんゲストハウスにもどり準備を整えて、クンユアムにあるタイ日友好記念館にいきます。距離が片道72kmで長距離ですが頑張っていってきました。
しかし道はずっと2車線だし車の数も少なく思ったよりしんどくなく到着しました。
途中お寺で休憩をしていたら、そこの住職とおぼしき人から声を掛けられ、どこに行くのかと聞かれ、タイ日友好記念館にいくというと一緒に写真を撮ろうといわれ、今日はここに泊まらないかといわれてのですが、気持ちだけいただいてお断りしました。
この記念館はメイン道路沿いにあり入り口には日本の国旗とタイの国旗がいくつもはためいているのでわかりやすいと思います。セブンの手前にあります。
ネット情報によると人が少なく閑散としているとのことでしたが、当日は小学生の野外学習?で大勢の生徒さんが来ていて大変賑やかでした。
クンユアムはインパール作戦(現在のインドとミャンマーの国境付近の攻防戦)のための補給起点として基地を作ったということで、大量の物資が投入されていました。
進撃の時は良かったのですが、インパール作戦が失敗し撤退を決めた後はインパールから次々と傷ついた兵士が帰ってきて、悲惨な状況になったそうです。ここで治療の甲斐もなく亡くなった方も多くお寺に埋葬されました。この地では最初のころは道路整備のために現地の方が日当をお貰って日本軍に協力し、インパール作戦撤退後は傷ついた日本兵の看病をしてくれたそうです。中にはクンユアムの名士のお嬢さんと結婚し子供も作った方がいたそうです。しかしその方は終戦後日本に強制送還されてしまい、別れ離れになったそうです。
記念館には当時の貴重な写真や、銃、ヘルメット軍服、日用品等展示されていました。また建物の外には当時の軍用トラックが展示されているほか、記念碑も立ててありました。ネット情報では内容がしょぼいとの話もありましたが、私的には結構満足する内容でした。
ちょうどお昼ごろ見終わったので、来る途中に見つけていた露天に行くことにしました。土曜日限定なのかもしれませんが30軒くらいはでていたかもしれません。スパイシーなそうめんが20B(70円)、揚げ物のおやつが10B(35円)でした。
腹ごしらえも終わり次は記念館のすぐ近くにあるワット・ムアイトーに行きました。ここは当時日本軍の本部が置かれていたところで、当時の日本軍が地元の方と交流している銅像や傷ついた日本兵の銅像等がありました。また記念碑も建立されており大変感慨深い気持ちになりました。
次に向かったのはワットトーペーです。ここは旧日本軍のお墓が埋葬されたお寺ということですが、だいぶん傷んだ記念碑と当時のトラックの荷台と思われるものがおいてありました。記念碑には日本のお酒が置いてあり、結構朽ち果ててはいますがたまには日本人がおとずれているみたいです。
今日は3か所をめぐったのですが、大満足の一日でした。もし次に訪れることがあればお供え物を持ってきたいと思います。